理想の大学入試とは
些か突然ではあるが、理想の大学入試と言われて、皆さんは一体何を思い浮かべるであろうか? 怠惰な受験生が想像する事は最早手に取る様に分かるので、ここでは論じない事とするが、単に難関突破を志すのみならず、大学入学後の学業にも意欲的な皆さんが考える理想の大学入試とは何かを主に論じていきたいと思う。入学試験に掛けられる時間は非常に限られており、科目数が多く一科目ずつの分量も他の学部とは比べものにならない程多くなる事さえある私立医学部の学科試験であろうとも、正味の試験実施時間はせいぜいで4~5時間程度である。もっとも国公立医学部の学科試験であれば、2日に亘る共通テストを課され、多くの大学で第一段階選抜という名のふるい落としがなされた後で、更に大学独自の学科試験を朝から晩まで1日受験する、或いは少しはスケジュール的に余裕がある反面2日通しで学科試験を受験する事になるのであるから、こちらは学科試験の正味の実施時間が10時間は超えるであろう。しかし20歳前後までの人生の全てではないにせよかなりの部分を捧げてきており、尚且つ多くの受験生にとって最終学歴を決し、その後の人生の方向性をも決定づける大勝負である事を考慮すれば、それが国公立であろうと私立であろうと、ほぼ一瞬であっけなく終わると評して差支えはないと言える。勿論数多のスポーツ競技等を考慮すれば、どれもこれももっと短い時間で勝敗が決まるのであるから、医学部入試の結果が如何にその後の人生を左右すると言えども、試験時間の短さなど議論する価値のないものであると言われればまさしくそうなのだが、スポーツ競技とは違って医学部入試の場合、医学部に入ってからの学習と医学部の学科試験の内容が必ずしもリンクしていない事こそが多くの受験生にとって腑に落ちない部分である事は否定しがたい事実である。まさしくそうなのである。門外漢なのでスポーツについて深く論じる事は避けたいと思うが、医学部での学習に適性があるか否かを試すのに、高校まで(あくまで「高校まで」であり「高校だけ」ではない事にも注意を要するが)の主要5教科の内容を用いるというのは、プロ野球選手になる素質のある人物を見出す為に、腕立て・腹筋が出来る回数、そしてせいぜいで素振りのフォームの良さといった基礎的な評価項目のみを用いるのと同じ位に迂遠な作業であると言わざるを得ないと感じている人は決して私だけではないであろう。確かに高校までの5教科の内容は、大学での学問に取り組めるだけの基礎学力としては重要なものではあるが、それはあくまで基礎学力に過ぎないので、幾ら入試でハイスコアを収めたとしても、大学における学問的成功を保証する事には決してならないのである。勿論これは医学部だけに言える事ではないが、医学部での学習を円滑ならしめる要素は、大学入試で要求されるのと同種の、膨大な量の知識事項の暗記を要領よくこなす能力だけではなく、深夜まで続く事さえもある実習・実験に堪え得る体力や、今や外科のみならず内科系の診療科でも盛んに行われている各種の手技を問題なくこなせる手先の器用さや繊細さ、更には解剖学の実習等で要求される事の多いスケッチを分かりやすく描けるだけの画力や、相手を問わない高いコミュニケーション能力等、実に多岐に渡っているのである。
医師としての適性
そしてこれらの能力を医学部入試で全て試すのは決して現実的とは言えない以上、医学部入試でも学科試験の代わりに腹筋・腕立てを導入し、回数を多く実施できた者から順次合格させる事にしたとしても、医学生乃至は医師としての適性の一面の評価に過ぎないという意味では、学科試験を実施する場合の合理性とは大して変わらないと言っても暴論ではないであろうし、多くの場合15~20分程度の面接でコミュニケーション能力の詳らかな評価をする事等困難である以上、「コミュニケーション能力を評価する為に面接を実施している」といった主張も言い訳に過ぎないと言われても致し方ない面もあるであろう。まして殆どの医学部入試で手先の器用さを評価する機会等皆無であるにも拘らず「日本人ならトレーニングを積みさえすれば心臓外科や脳外科レベルの手術でも十分にこなせる」等と主張するのは、ほぼ現実逃避であるとしか評価し得ないうえに、言外に外国人には無理だと考えている事を示しているので、差別意識をも内包した、かなり危険な思想であるとさえも言える。ただ入試で課すか否かに関係なく、芸術系をも含めた非常に多岐に渡る能力を医学部入学前に身に付ける事が必須であるのだとすれば、医学部での学習に堪え得る能力を具えた頃には、誰も彼もお爺さん・お婆さんになってしまうのではないかという疑念も過るであろうが、ある意味その問題点を可能な限り解消した入試が、帝京大医学部の入試なのではないかと、実際の学生を見ていて思うのは、きっと私一人ではないであろう。「今回は結局そこまでかよ!」という怒りの声が聞こえてきそうでもあるが、次回は今怒りの声を上げている皆さんも納得するであろう、詳細について述べていきたいと思う。(続く)