医学部受験で小論文・面接試験が課される「真」の理由⑬

我が子に対しての嫉妬心

皆様のお父様やお母様はどの様な方であろうか? 東京大学の文科一類に合格した後、順当に法学部に進学し、現在は法曹や官僚、或いはハイクラスなビジネスパーソンとして社会的成功を収めているにも拘らず、家庭にあっては決して驕らぬ反面、毅然としていて尚且つ優しいお父様やお母様も少なからずいらっしゃる事であろう。それに引き換え私の父は、地方旧帝大の、少なくとも偏差値で考えればワースト学部としか言いようがない所の出身であるにも関わらず、プライドだけは高いが収入は低い上に、何故か家族に対しても学歴を自慢する、絵に描いた様なしょうもない人物であった(母についてはいずれ別の機会に語りたいと思う)が、恐るべき事に、皆様の御両親も私の父と似た様な言動を示す様になってきたのではないだろうか?

皆様の御両親が「変質」した契機

皆様の御両親が「変質」した契機、それはまさしく皆様が本格的に医学部を目指す様になった事ではないかと思う。先述の様な文系出身の立派なお父様・お母様であろうとも、現代の医学部の難易度には文字通り驚嘆しているケースも珍しくはない様に思われる。従って我が子がその様な難関に挑める立場にいる事に喜びを感じる反面、もしや若かりし日の自分よりも優秀なのではないかと思い、常に強い向上心を持った人物であればこそ、我が子に対して嫉妬心の様なものを抱いてしまう事もあるかもしれない。そこで口をついて出る言葉が「お父さん(お母さん)は、実は医学部にも合格した事があるんだ」というものである。つまり近い将来医学部に合格する可能性が十分にある優秀な息子・娘に対してマウントを取っておこうという戦略であるが、お父様・お母様の意図はともかくとして、果たして本当に医学部合格経験があるのだろうかと疑問に思うというのが現代の受験生である皆様の本音であろう。幾ら文系科目の出来が良くとも、医学部を受験するとなれば数学や理科の学習すべき範囲が文系と比べてかなり広くなるので、東大の文一に合格出来るレベルの学力を具えていたとしても、本命の受験に必要のない科目まで勉強し、医学部合格に足るレベルまで引き上げるというのは現実的とは言えなさそうである。

今と比べると出題範囲が狭い私立医学部もあった

もっとも、過去に遡れば今と比べると出題範囲が狭い私立医学部もあり、また難易度が現在程高くはなかった所も少なからずあった事も真理であり、更に勉強が本当に得意で好きな人にとっては、受験科目が増えても全く問題ではないという受験生側の事情も考慮すべきとは言えるが、それらを差し引いても、面接や小論文から構成される2次試験まで受験を要する私立医学部入試というものは、本命ではないにも拘らず片手間で受験するには余りにも負担が大きいと言える。勿論「本命ではない」というのがどの程度のモチベーションでの受験であるかは人によって様々であり、特に文系受験生にとって東大の文一には特別な思い入れのあるケースも少なくないので、「文一が駄目なら他の文系学部に進学するのではなく、医学部に進んで医者になりたい」と考えて主に私立の医学部を併願するケースもあろうが、一方では先述のお父様・お母様よろしく、単に「医学部にも合格した」と言いたいが為だけに医学部を受験するケースも当然あるであろう。

すぐ後ろから睨んでいるのを感じないではいられない

そして特に後者の場合は大学所在地まで出向いて2次試験を受験するという負担を甘受出来るとは到底思えないが、実は前回述べた今世紀への変わり目辺りであれば、センター試験の受験のみで最終合否判定までなされる驚異の軽量医学部入試が実在したのである。それは近畿大医学部センター利用方式の後期(厳密にはその頃はC日程と称していたとは思うが)であり、これが先述のお父様・お母様が医学部合格を勝ち取った入試である可能性が高く、更にもう少し掘り下げて見れば上記の「妄想劇場」も決して妄想とは言い難い事が分かる他、今日私立医学部において例外なく2次試験が課されている意図も見えて来ようとは思うが、不本意な形で引き合いに出されたかもしれない我が父が草葉の陰から見守って…ではなくすぐ後ろから睨んでいるのを感じないではいられないので、ひとまず今日はこの辺りにしておきたいと思う。もっとも、事実に反する話は何一つ書いてはいないのだが…。(続く)

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