医学部受験で小論文・面接試験が課される「真」の理由㉓

少年少女にとっての憧れの職業

現在アラフォーの私と同世代かそれ以上の方で、お爺さんお婆さんにネガティブな印象を抱いている方は決して多くはないであろう。それもその筈で、私が幼少の頃の、少年少女にとっての憧れの職業の「裏No.1」はまず間違いなくお爺さんお婆さんだったからである。「今度は一体何の話を始めたのだ? 筆者自身が高齢者に憧れる余り早くもボケてしまったのだろうか?」と訝しく思いながらまさしく今このコラムを読み進めている方も多数いらっしゃるかもしれないが、一部の読者の期待に沿う事はなく、私は正気である。もっとも自分が正気だと憚りもなく言う人間程、正気からはかけ離れた状態にあるという事を誰よりもよく知っているのは、千鳥足で臭い息を吐きながら「俺は酔ってない!」と主張して譲らない、家族よりも酒を愛する父をもつ私である可能性も高いが、それならば私が正気であるか否かの判断は、以下を一読した後の読者の皆様の判断に委ねたいと思う。
私がまだ子供だった頃のお爺さんお婆さんと言えば、時間的にも金銭的にも余裕があり、孫や、場合によっては孫と同年代の地域の子供達の遊び相手乃至は時には悪友の様な、何かにつけ「勉強しなさい」とか「家の手伝いをしなさい」といった台詞をガミガミ言うばかりのお父さんお母さんとは明らかに異質の存在であり、それ故憧れる少年少女も少なくはなかった様に思う。そしてこの様な推測が私の中で決定的になったのは、ある有名女優のインタビュー記事を読んだ時であった。彼女がある意味人生の究極の目標として掲げていたのは、「素敵なお婆さんになる事」だったのである。そして私は地位も名声も、そして金銭的な豊かさも手に入れているに違いない、テレビで度々見かけるレベルの有名女優であっても、最後は素敵なお婆さんになる事に憧れるのだから、世間一般でもお爺さんお婆さんに強い憧れを抱く人は非常に多い、というよりは寧ろほぼ誰もがお爺さんお婆さんに憧れているのではないかと確信するに至ったのである。そこから冒頭の憧れの職業の「裏No.1」へと向かう訳であるが、恐らく何時の時代も少年少女に人気のある職業である、医師・パイロット・プロスポーツ選手等と並んで憧れの職業の首位を占めるに違いない職業が「お爺さんお婆さん」なのである。

職業ランキングには最初から選択肢が設定されている

しかしその様に表記されているランキングを現実に見た事がある人はいないであろうし、かく言う私も見た事がない。それは何故かと言えば、あの手のなりたい職業ランキングには最初から選択肢が設定されているケースが非常に多く、選択肢の中に「お爺さんお婆さん」がないからである。確かに少年少女に自由に憧れの職業を記述させた場合、「お爺さんお婆さん」の様な、一般に職業とは言えないものを挙げる人もいるであろうし(先述の様な裕福な年配者を想定するのであれば「年金生活者」と表現するのが正しいのであろうか? この表現も生々し過ぎる上に、やはり職業と言っていいのか分からないと評する事も出来よう)、「侍」や「忍者」等、既に存在しない職業や、逆に「世界統一帝国皇帝」の様な、場合によっては将来存在する様になるかもしれないが現状では存在していない職業、「パンダ」や「アライグマ」の様な、DNA的な制約から従事する事が不可能な職業(そもそも職業ではないというツッコミも当然あるであろうが)、更には明らかに現代社会に実在しているものの、法的規範・倫理的規範等に由来する制約により、公には存在しない事になっている職業(これは危険すぎるので、実例を挙げるのは止めておこう)を挙げる者等が多過ぎてアンケートとして全く収拾がつかなくなる事は目に見えているので、穏当な職業のみから構成された選択肢を予め提示するのも大人の事情としては止むを得ないとも言えよう。それでも多くの子供達の振る舞い(まあ、年金狙いのあざとい子供も間違いなくいるのであろうが、縦令金銭目当てであろうとも嫌な奴には近づきたがらないのは子供でも大人でも共通した特質であるから、「衣食足りて礼節を知る」の論理で十分な年金があればこそお爺さんお婆さんは憧れの存在であるに相応しい、ゆったりとした態度や思考を身に付けていると評しても間違いではないであろう)や、先述の様な、お爺さんお婆さんに憧れる著名人の発言に触れれば、多くの若者にとってお爺さんお婆さんが憧れの存在でない筈がないと確信するのもある意味必然であろう。「やはり何の話をしているのか分からない」というツッコミを受けそうな所ではあるが、ここから一挙に医学部や医療界の実情へ向かっていくので、次回を楽しみに待ってもらえれば幸いである。(続く)

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